吉良の庄

Category : 愛知の風景
最近読んだ本。

鈴木由紀子 「義にあらず」
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吉良上野介の妻から見た本当の赤穂事件とは?
うーんおもしろかった、赤穂浪士事件は数々読んだが、この本が一番真実に近いと感じた。

刃傷松の廊下での被害者、あだ討ちの標的にされた被害者、理不尽な仕置きにより家名断絶した被害者。
名門吉良家は常に被害者であったのだが、後年、討ち入り事件を戯曲化し庶民受けのよい忠臣蔵物語とされてしまい、今でも被害者かもしれない。


これはせっかく近くに吉良上野介の知行地であった吉良町がある、行かない理由はない。

そんで11月27日午後、行ってきました。

名門の誉れ高く、善政をほどこし領民から赤馬様と慕われたと言う上野介。

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このような馬に乗って領地を検分する銅像が各所にありました。

まずは吉良家の菩提寺である、華蔵寺を訪ねました。

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なかなか由緒あるお寺さんのようです。
上野介は高家筆頭になった頃祖先への感謝をこめて木造を彫らせ子の寺へ寄進しました、そのとき先祖2体のほかになんと自分の木造も寄進したそうです、残念ながら木造は公開されていませんでした。

それにしても利休が秀吉から切腹を賜ったのは、自分の像を寺に掲げたことが秀吉の逆鱗に触れたとも言われています。上野介ともあろう人がそれを知らないはずはなく、このあたりから人生の歯車が狂っていったと感じます。

上野介の墓。

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訪れる人は多いらしく線香ろうそくが準備されていました。


そして、これは次女である亜久利の墓(ちなみに浅野匠之上の妻の名も亜久利でした)

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なぜ次女の墓かって?

それは、彼女は我が津軽の殿様、黒石藩の藩主へ嫁ぎ一女をもうけたのち惜しくも早世してしまいました。
赤穂事件の跡、多くのものが吉良家との関係を絶っていく中で、亜久利の夫、津軽采女は最後まで吉良家をかばった数少ない男なのだ、そのため出世はできなく趣味の釣りに明け暮れ、日本最古の釣魚大全とも言われる本を書き残したのだ、さすがじょっぱり!!!


さて、次は上野介がした最大の善政と言われる黄金堤へ。

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いまも当時の面影がしのばれる堤が残されていた。

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けっこうな長さ、高さです。

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今は道路となっている、黄金堤の看板の下を右側の丘へ向け堤防で洪水の出水を受け止めていたんですね、たいしたものです。

「義にあらず」歴史観を帰る久々のヒットだった。

それにしても癇癪もちのボンボンに逆切れされたあげく、あだ討ちだといって襲われ殺されて息子まで失意の上に命を落とし散々な目にあいましたね、やはり自身の像を奉ったことがあだだったんでしょうね、信長しかり、利休しかり、おごれるものは・・・・・・ですな。

楽しい週末でした、ジャンジャン!!
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